中小企業の労務環境整備の第一歩となる法定帳簿と雇用契約書等の重要性について、分かりやすくご説明します。
中小企業の経営者様・労務ご担当者様へ
企業の健全な成長には、従業員が安心して働ける環境が不可欠です。その土台となるのが、日々の労務管理を適切に行い、法律で定められたルールを守ることです。
まずは、基本中の基本である「法定帳簿の整備」と「雇用契約の明確化」から始めましょう。これらは、単なる事務作業ではなく、従業員との信頼関係を築き、万が一の労務トラブルから会社を守るための重要な「守り」の施策です。
1.法定帳簿の整備:会社の「健康診断記録」
労働基準法では、会社に以下の帳簿(法定三帳簿+年次有給休暇管理簿)を作成し、保存することを義務付けています。これらは従業員の労働状況を正確に把握し、適正な労務管理を行うための基礎となるものです。
① 労働者名簿
- 役割:どのような従業員が在籍しているかを管理する「従業員のプロフィール帳」です。
- 主な記載事項
- 氏名、生年月日、性別、住所
- 履歴(学歴・職歴など)
- 雇入年月日、退職(または死亡)年月日とその事由
- 従事する業務の種類
- なぜ必要か?
- 法的義務:労働基準法で作成が義務付けられています。
- 実務上のメリット:人事管理、社会保険・労働保険の手続き、各種証明書の発行などに迅速に対応できます
② 賃金台帳
- 役割:従業員に支払った給与の内訳を記録する「給与の明細書」です。給与明細とは別に、会社として作成・保存する義務があります
- 主な記載事項
- 氏名、性別
- 賃金計算期間(例:毎月1日~末日、毎月21日~翌月20日など)
- 労働日数、労働時間数、時間外・休日・深夜労働時間数
- 基本給、手当の種類とその額
- 控除項目(社会保険料、税金など)とその額
- なぜ必要か?
- 法的義務:未払賃金(残業代など)に関するトラブルが発生した際の重要な証拠となります
- 実務上のメリット:適正な給与計算の根拠となり、昇給や賞与の算定、労働保険の年度更新手続きなどにも活用できます
③ 出勤簿
- 役割:従業員の出勤日や労働時間などを記録する「勤怠の記録簿」です。タイムカード、ICカード、PCのログイン・ログオフ記録、自己申告書
(管理者の確認印が必要)などが該当します - 主な記録事項
- 出勤日、労働日数
- 始業・終業時刻、休憩時間
- 時間外労働、休日労働、深夜労働の時間数
- なぜ必要か?
- 法的義務:長時間労働の是正や、従業員の健康管理の観点から、客観的な労働時間の把握が強く求められています
- 実務上のメリット:賃金台帳に記載する労働時間数の根拠となり、過重労働の防止や、従業員の健康管理に役立ちます
④ 年次有給休暇管理簿
- 役割:従業員ごとの年次有給休暇の取得状況を管理する「有給休暇の管理簿」です。(2019年4月から作成が義務化)
- 主な記載事項
- 基準日(有給休暇を付与した日)
- 付与日数
- 取得日数と具体的な取得日
- なぜ必要か?
- 法的義務:「年5日の取得義務」を果たしているかを確認するために必須です。違反した場合は罰則の対象となります
- 実務上のメリット:従業員からの問い合わせにスムーズに回答でき、計画的な取得を促すことで、働きやすい職場環境づくりにつながります
【保存期間】
これらの帳簿は、いずれも5年間(当面の間は経過措置として3年間)の保存が義務付けられています。
2.雇用契約書・労働条件通知書の必要性:「言った・言わない」を防ぐ
従業員を雇用する際は、賃金や労働時間などの「労働条件」を明確に提示することが法律で義務付けられています。これは、後々の「こんなはずではなかった」というトラブルを防ぎ、従業員が安心して働き始めるための非常に重要な手続きです。
労働条件通知書
- 役割:法律で定められた労働条件を、会社から従業員へ一方的に通知する書面
- 法的義務:労働基準法第15条により、書面での交付が義務付けられています(従業員が希望した場合は、FAXや電子メール等での交付も可能です)
- 必ず明示すべき事項(絶対的明示事項)
- 契約期間
- 就業場所、従事する業務内容
- 始業・終業時刻、休憩、休日、休暇、交替制勤務のルール
- 賃金の決定・計算・支払方法、締切・支払日
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む)
- パート・アルバイトの場合:上記に加えて、「昇給の有無」「退職手当の有無」「賞与の有無」「相談窓口」の明示も義務化されています
雇用契約書
- 役割:労働条件通知書の内容を含む、会社と従業員双方の権利や義務について、双方が合意したことを証明するための契約書です
- 法的義務:法律上、作成は義務ではありません。しかし、トラブル防止の観点から作成を強く推奨します
なぜ両方あると良いのか?
「労働条件通知書」は、会社からの一方的な通知です。これに加えて、従業員がその内容に合意した証として署名・捺印する「雇用契約書」を交わすことで、「確かにこの条件で合意しました」という双方の意思確認が明確になります。 これにより、賃金、残業、休日、異動、退職など、さまざまな労務トラブルを未然に防ぐ効果が期待できます。
まとめ
ご紹介した法定帳簿の整備と雇用契約の書面化は、法律で定められた義務であると同時に、従業員との信頼関係を築き、働きがいのある職場を作るための第一歩です。
これらの書類がしっかりと整備されている会社は、従業員から見ても「しっかりした会社」という安心感につながります。また、経営者にとっても、労務リスクを低減し、安心して事業に専念できる環境が整います。
まずは、自社の状況をご確認いただき、もし不備があれば、早急に整備を進めることをお勧めします。
当法人は、こうした帳簿の作成から、法改正に対応した雇用契約書のひな形作成、日々の労務管理に関するご相談まで、専門的な知見でサポートいたします。お気軽にご相談ください。
